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ペリエ物語 ”ミネラルウォーターのシャンパン”

世界中の高級レストランでも供されることの多い、天然微炭酸ガス入りのナチュラルミネラルウォーター(硬水)、世界が認める名水、ペリエ。
フランス南部、ラングドック=ルーション地域に属するガール県、ヴェルジェーズという町で採水されています。
微発泡しているのは、この町の地下で地下水層と炭酸ガス層が偶然ふれあい、自然環境の中で炭酸ガスが地下水に溶け込んだため。
そのため、人工炭酸水と異なり、キメの細かいフレッシュな泡が長時間持続するのが特長です。

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もともと古代から、塩分やカルシウム、マグネシウムなどの成分が解けている水、つまりミネラルウォーターには治療効果があると思われていました。

事実、現代の医療においても骨の治療等にカルシウムを含む薬剤が使用されており、便秘を解消する軟便剤としてマグネシウムが使用されるなど、ミネラルウォーターに含まれる物質は一定の治療効果があることが証明されています。

特にペリエの採水地であるヴェルジェーズの名水は、古代より近隣諸国にも知られ、ヨーロッパ史の舞台としても名前が登場しています。

紀元前218年頃にローマを目指した古代カルタゴのハンニバル将軍が、フランスのヴェルジェーズの近くで兵士と馬と象を休憩させたと語り継がれています。

そして18世紀後半のヨーロッパでは、王族や貴族階級のお墨付きでミネラルウォーターの湧水や池が人気の保養地となり、便秘など様々な症状を訴える人々が水を使っていました。

ナポレオン三世は1863年にフランスのヴェルジェーズの近くで、ミネラルを豊富に含む発泡性の水を絶賛したと言われています。

そして1898年に、ミネラルの多い水を使った治療を手がけてきたフランス人医師ルイ・ウジェーヌ・ペリエが、ヴェルジェーズの湧水の所有権を地元の実業家から買い取りました。

ペリエ氏は医師の仕事もそこそこに、ガラス瓶を金属の蓋で密閉して、発泡性の水のガス圧を保つ容器の開発に精力を注ぎました。

一方その頃、イギリスの実業家セント・ジョン・ハームズワースが、フランスのニームで自動車事故を起こして入院していました。ハームズワース氏は病院でヴェルジェーズの発泡水を飲み、回復した後にこの水を管理するペリエを探し出し、ペリエはヴェルジェーズの水源に案内しました。

ハームズワース氏はヴェルジェーズの水源を見てすぐに、この水源の水にほれ込み、ペリエ氏は水源の権利を貸す契約を結び、最終的に会社を売却して、ハームズワース氏は親友となったペリエ氏の名前にちなんで社名を「ペリエ」としました。これがペリエ社の設立です。

ハームズワース氏はマーケティングの経験は全くありませんでしたが、将来性をかぎ取る嗅覚は並外れていたようです。氏は水源を保養地として訪れることはやがて流行遅れになることを見抜き、また一方でイギリスでは人工的に炭酸を加えた清涼飲料が大人気であることを知っていました。そして自動車事故の後、氏が腕のトレーニングに使用していたインドのエクササイズ用の棍棒のような形をした、現在おなじみの独特の形をした緑色のガラス瓶を作りました。

ハームズワース氏は「テーブルウォーターのシャンパン」というキャッチフレーズを考えだし、フランス市場を飛び越えて、イギリスの植民地であったインドに駐留する英国軍に小さな緑色の瓶に入ったペリエを売り、成功しました。

こうしてイギリス軍のお墨付きをもらったペリエはイギリスのほかの植民地も次々に征服し、ついにバッキンガム宮殿にも進出しました。1908年には、既に年間500万本を売り上げたと言われています。1933年、ハームズワース氏が死去した際には、ペリエは年間1900万本を生産していました。

会社はその後イギリス人の株主グループに受け継がれ、そして第二次世界大戦後にパリの株式仲買人ギュスターブ・ルパンに売却されました。

ルパン氏はボトリング工場を近代化し、1970年代には大西洋を渡ってアメリカに上陸。投資銀行家などの専門職のエリート、いわゆる「ヤッピー」を狙って大々的にマーケティングを展開。ニューヨーク・シティ・マラソンを後援し、アカデミー賞脚本賞と名誉賞を受賞した、名監督にして名優のオーソン・ウェルズを起用して、テレビCMを展開しました。

この結果、売上は爆発的に伸びて、1978年に2000万ドルだった売上は1979年には6000万ドルに達しました。さらに1988年には年間3億本を売上げ、アメリカの水の輸入市場におけるシェアは80%に上り、1989年にはアメリカでの収益は1億1000万ドルに達するに至り、ペリエは世界でもっとも有名なミネラルウォーターの地位を確立しました。

その後1990年に世界的なミネラルウォーター製造・販売企業であるネスレグループ傘下となり、現在に至っています。

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ペリエは、そのまま飲むのはもちろん、紅茶にブレンドしたり、ハイボールなどお酒の割り材として、またカクテルに加えるソーダ水としても美味しく召し上がれます。

硬水ですので、ヨーロッパで造られたお酒、例えばスコッチウィスキー、アイリッシュウィスキー、コニャック、アルマニャック、ブランデー、ジン、ラム酒、ウォッカなどの洋酒との相性が抜群です。


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(参考文献:エリザベス・ロイト著 How water went on sales and why we bought it)

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